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2017.11.02

非常時、災害時における普段知られていない歯科医師の活動

歯科医師には普段みなさんに知られていない活動があります。それは災害時に登録制の歯科医師として、または非常時のボランティアとして行われている警察歯科医としての活動です。

警察歯科医は、警察署からの依頼を受けて、身元不明のご遺体の歯や口の中の状態(※歯科所見)と、生前に歯科治療を受けた際のカルテ記録やレントゲン写真などを照らし合わせて、該当者本人の確認などを行います。このような歯牙鑑定を行う警察歯科医は、以前から全国で献身的な活動をしてきましたが、昭和60年の日航機墜落事故を契機に、テレビや新聞などで紹介される機会が多くなりました。またその頃から、各都道府県の歯科医師会を中心とした警察歯科医の組織化が進み、○○県警察歯科医会などと呼ばれる組織が全国にできました。

「せめて身元を」警察歯科医の活動

1985年8月12日、日航機の御巣鷹山墜落事故に際して、当時、唯一警察歯科医師の組織があった群馬県歯科医師会が、県警からの要請で、検視の初日からその活動に携わりました。その結果、全死亡者530名の内、約43%の身元を確認することができました。事故現場から搬出され検視された遺体総数は何と2,065体に上りました。ほぼ五体がそろったご遺体は177体のみで、身元が判別できない膨大な量の遺体片が残されたわけです。歯科所見の有用性が、社会に周知されるきっかけとなった事故でした。

このことがあって、全国の歯科医師が、任意の登録制ではありますが、警察歯科医師として警察歯科医会が各地に結成されました。今では全国に組織されています。

こうした警察歯科医会を中心に、多くの歯科医師が歯の治療記録による身元確認に参加し、阪神・淡路大震災や東日本大震災でも、多くの歯科医師が遺体を検視し、犠牲者たちの身元を確認し、家族のもとへ返すために、歯による遺体確認に携わってきました。

試金石となった日航ジャンボ機墜落事故(1985年)以降、大きな事故災害だけでも

  • 阪神・淡路大震災(1995年)

兵庫県警察歯科医会を中心として、1班3名体制で3班の歯科医師チームが常設され、24時間体制がとられました。最終的には、約1ヵ月間に延べ159名の歯科医師が、68名の身元確認を実施しました。

  • 尼崎JR脱線事故(2005年)

警察歯科医11人で、乗客十数名の検視を担当しました。うち身体的特徴や服装などから身元確認ができなかった1名について、該当者とみられる方の歯科治療記録とご遺体の歯科所見を照合し、発生から3日目に特定されました。

  • 東日本大震災(2011年)

平成23年3月11日に発生した東日本大震災では、多くの歯科医師が身元確認作業に従事しました。発災当初から、被災地の県警に協力して、被災者でもある地元の歯科医師が身元確認作業を開始しました。また同時に、警察庁から日本歯科医師会への要請にもとづいて、全国の歯科医師会に出動をお願いしたところ、わずか数日間で1,100名を越える応募がありました。

その後は、当初の5ヶ月間で、延べ約2,600名の歯科医師が過酷な身元確認作業にあたり、約8,750体ものご遺体の歯科所見を採取して照合に貢献したことが、メディアなどを通じて広く報道され、社会の注目を浴びました。

大規模災害時などの現場で、身元確認が円滑に進まないと、遺体の腐乱による伝染病の発生など、衛生面の問題が懸念され、またご遺族の精神的負担、経済的負担を少しでも軽減するためにも、今後さらに正確かつ迅速な身元確認の対応が求められます。

阪神淡路大震災の教訓/被災者の健康を守る口腔ケア

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、その後の検証報告を見ると、震災関連の死因として免疫力の低下と誤嚥性肺炎があげられています。

歯科医師以外の医療関係者は災害時の口腔ケアの大切さをあらためて認識されました。

しかし被災者にとっては、水をはじめとしたライフラインが切断され、不自由な集団生活を強いられる中で、うがいや歯磨き、義歯の洗浄がしたくてもできない状況に追い込まれ、また口腔ケアは二の次、三の次とされていたのが現実です。

とりわけ多くの高齢者が地震の被害を逃れながらも、震災関連死として命を落とされた方が多数おられました。「災害(震災など)発生後、疾病によって死亡した方の内、その疾患の発生原因や疾病を著しく悪化させたことが震災と相当の因果関係があるとして関係市町村が災害による死者として認定した人」を災害関連死といいます。

阪神・淡路大震災の報告では震災関連死が922人、その内223人(24%)の方が肺炎で亡くなられ、90%が60歳以上の高齢者であり、その原因の疾患は誤嚥性肺炎でした。

この状況を私たち歯科医師は痛恨の思いで受け止めた経験を持っています。それだけに非常時にあっては、口腔ケアは命を守るためのものであることを、理解してほしいと思います。

避難所での生活は免疫力の低下が必ず起こる

避難所生活は、あらゆる面で不自由を強いられるものです。歯磨きなど、口のケアも例外ではありません。避難所では、水が大変貴重になります。また歯ブラシも不足することもあって、歯磨きなど衛生への気配りはつい後回しになりがちです。しかし、適切なケアができないと、口の中が不潔になって、普段は口腔内の自浄作用をしている唾液分泌が低下して清潔さを保つことはできなくなり、虫歯や歯周病が悪化してしまいます。口腔内の健康を維持できず、そこから全身的な免疫力の低下を招くのです。

さらに、突然の災害で入れ歯を紛失したり、義歯が壊れたりすることもあるでしょう。入れ歯をなくしたために限られたものしか口にできなくなると、栄養が偏ってしまいます。そればかりか、しっかり噛むことができないと口を動かす範囲が狭くなり、咀嚼筋の力が弱くなって嚥下力が低下し、食べる力そのものが弱まります。

避難所は狭い空間での集団生活になりますから、同じ姿勢が続くことで顎のバランスが悪くなったり、肉体的・精神的ストレスから無意識のうちに食いしばりや歯ぎしりをしたりして、歯の損傷や噛み合わせのずれを起こすことも多くあります。

避難所での集団生活が長引くと、歯ミガキも不十分で口腔内が不潔になり、ノロウイルスやインフルエンザウイルスなど、さまざまな感染症が起きやすくなります。そうすると、免疫力が低下した高齢者を中心に誤嚥性肺炎が広がることも知られています。誤嚥性肺炎とは口腔の細菌や逆流した胃液が誤って気管に侵入することで起きる疾患で、飲み込む力、つまり嚥下反射機能が弱ったり、衰えたりすると誤嚥しやすくなるので、特に高齢者はリスクが高くなります。

口腔内のトラブルは、命の危険にも直結しますので口腔ケアは非常時においても不可欠なのです。

 

6年前の記憶と記録

今から6年前、2011年3月11日、東日本大震災が起きました。地震と津波によって1万5千人以上の尊い人命が奪われただけでなく、住む家も仕事も失って、避難所での不自由な集団生活を余儀なくされた人たちの数も、最大で40万人を超えたといわれます。

「普段患者さんの生死と向き合うことのない歯科医師は、あの日以来壮絶な現場を見聞し、その一部始終を記録してきました。未曽有の災害…日本全国から延べ2600人を超える歯科医師たちが、犠牲者と家族をつないだのです。カギとなるのは遺体の歯1本1本に残された治療の痕」(2012年6月3日放映、NHK「震災ドキュメンタリー きみは確かに、そこにいた。 ~歯科医師たちの身元確認~」より)

そうした中で、自らも被災した歯科医師、そして全国から駆け付けたボランティアの1人として、多くの歯科医師が被災者救援のために避難所や病院で奮闘しました。

その際に普段は目にしない歯科医師の活動がメディアによってクローズアップされ、歯科医師の活動が大きく認知された瞬間であったと思います。

 

ここで、もしも、という事態があったとしましょう。いつ起こるかわからない地震が発生してしまった。幸いなことに生き延びて、被災地から逃れ、避難所の生活になったとき、健康を守るためにどうしたらよいのかについて触れたいと思います。

 

まず、よく噛み、唾液の分泌を促す

歯は栄養バランスやストレスの影響を最も受けやすいものです。しかし、食べられなくなれば免疫力の低下を招き、インフルエンザなどの感染症を引き起こす可能性もあります。よく噛んで食べることで、殺菌効果のある唾液の分泌を促しましょう。

(避難所肺炎の成因・8020推進財団「第11号 東日本大震災と歯科医師の役割 ~激甚災害で歯科医療に求められるもの~」から)

 

ここで大切なことは、歯ブラシや洗浄剤が無いからといって、口の中の手入れをあきらめないことです。工夫次第でなんとかなる、たとえ満足できなくとも、やらないよりははるかにましだ、という気持ちで頑張りましょう。

被災直後は、水不足になることが考えられます。ですから、できるだけ少ない量の水で歯磨きすることが必要です。歯磨き粉はうがいで洗い流すので、水がない場合は使わないほうがよいでしょう。

  1. 歯磨きのためにすすぎ用とうがい用にそれぞれ少量の水を用意します。

②歯磨きを始める前に、水で濡らしたタオルやティッシュで唇を拭くと、口角の切れを防止することができます。

③濡らした歯ブラシを歯の上で小刻みに動かすようにして磨きます。口の中を刺激することで、殺菌効果のある唾液が分泌されます。

④水が確保できないときも、磨き終わったあとの唾液は必ず吐き出します。

歯ブラシがなくてもガーゼ、ティッシュペーパーや綿棒、スポンジなどを利用して歯のぬめりや、雑菌の多い舌を掃除することができます。ガーゼやタオルがあれば、それを指に巻いて、歯の表面を拭きます。爪楊枝があれば、それらを使って歯の間の食べカスも取り除きましょう。お茶でうがいすれば、カテキンの殺菌効果が期待できます。

ガーゼやペーパー類は入れ歯の洗浄にも有効です。入れ歯は拭き取るなどして、できるだけ汚れがついたままにしないでください。ただし殺菌しようとして入れ歯に熱湯を注がないこと。変形する恐れがありますので注意してください。先にも述べたように、災害時では、健康を守るために、高齢者のみならず全ての人が「口腔内を清潔に保持すること」を心がけることが大切なのです。

おわりに

災害時の歯科医師の役割と誤嚥性肺炎のメカニズムについてお話をしましたが、口腔内の健康を保つには口腔ケアとブラッシングが一番効果的です。

そしてもし口腔内のトラブルに気づいたら、速やかに歯科医院を受診されることをお勧めします。

私たちは歯のトラブルから仕事・勉強・運動・日常の生活の中でよいパフォーマンスを発揮できないことが度々あります。日本人の70%が虫歯や歯周病に罹患しており、それが歯を失う一番の原因となっています。

また、8020運動の達成率も36%までになった近年の超高齢化社会中で、歯周病を治し、多くの歯をのこすことで、心筋梗塞・糖尿病・脳梗塞・誤嚥性肺炎・認知症などが改善されることが明らかになってきています。

医療の世界では「食べ物は最良の薬である」といわれています。日常の生活で「しっかり噛んで食事をし、笑顔で話し、穏やかに呼吸すること」は、心と体の健康を保ち、人生を豊かにしてくれるのです。

今回、患者さんの持っておられる悩みに、私たちがどのように解決できるかを知っていただき皆様がいつまでもキレイで丈夫な歯で健康の幸せを噛みしめていただきたいとの思いを込めて~新しい・詳しい・分かりやすい・「歯科なんでもブック」にまとめました。この原稿はその中の抜粋です。

地域の主要書店をはじめ、Amazon.comでも購入できますので、災害時だけでなく日常の口腔内と全身の健康維持にお役に立てれば幸甚です。

医療法人 あさくら会 朝倉歯科医院 院長 朝倉 勉

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